オーバーツーリズムの恐怖

私は、初めてオーバーツーリズムに恐怖を感じました。

私は、日本にたくさんの外国人が観光に来てくれるのは、大変いいことだと思っていました。外国人にとって日本は観光する魅力があるということの証明ですから。

春休みに孫娘が我が家に来てくれました。
それで、4月3日に彼らを鎌倉観光に連れて行きました。

3月30日には、中国語クラスのメンバーが、我々を中華街の観光に連れて行ってくれました。

主に観光に来てくれる外国人はアジア系が中心でした。ロシア語も聞こえてきました。スペイン語も聞こえてきました。

しかし、私は、こんなに外国人がいる場面に、初めて恐いなと感じました。

現在、政府の中で移民について議論が行われています。
現実に犯罪が増える等の悪影響が出てきているからです。
政府は、建前上は、移民を受け入れていません。産業界は、人手不足から実質的な移民を受け入れています。参政党は、明確に移民に反対しています。

移民政策を決めるには、そもそも日本人とは何かを決めなければなりません。それが今のところありません。
現実的には、外国人が増えてきています。

私は、初めてオーバーツーリズムに恐怖を感じました。
移民を受け入れる前に、日本人とは何かを決める必要があると思いました。

The Fear of Overtourism

I experienced the fear of overtourism for the first time.
I used to think it was a wonderful thing that so many foreigners were coming to Japan as tourists. It was proof that Japan is an attractive destination for foreigners.

My granddaughter came to visit during spring vacation.
So, on April 3rd, I took them sightseeing in Kamakura.

On March 30th, members of my Chinese class took us on a sightseeing tour of Chinatown.

Most of the foreign tourists were Asian people. I also heard Russian and Spanish being spoken.

However, for the first time, I felt scared in a situation with so many foreigners.

Currently, there is a debate within the government about immigration.
This is because negative effects such as an increase in crime are actually becoming apparent.
The government, nominally, does not accept immigrants. However, the industrial sector is effectively accepting immigrants due to labor shortages. The Sanseito party is clearly opposed to immigration.

To decide on immigration policy, we must first define what it means to be Japanese. That definition is currently lacking.

In reality, the number of foreign immigrants is increasing.

I felt the fear of overtourism and increasing immigrants for the first time .
And I felt that we needed to define what it means to be Japanese before accepting immigrants.

私たちは、仙台に引越します。

私は、孫娘の近くに引越しをする。

私は、今、引越しの準備をしています。

昨年の10月に私は、仙台に引越しする決心をしました。
死ぬ前の準備に入りました。

どうして孫のいる仙台に引越しの決心をしたのかというと3つの理由があります。

ひとつは、寿命が確かにあり、それ以上は生きられないと学びました。自由に動ける時間が後10年だろうとわかりました。
 15年先輩の元上司を見ていると、だんだんと身体が弱くなってきました。お医者さんに見てもらっても治ることはありません。どんなに運動していても健康に気をつけても無駄です。
 勤務先で飼っていた犬は、15歳でした。先日なくなりました。どんなに良い食事を与えても食べられなくなります。医者に何度も注射をしてもらっても、どんどんと弱くなっていきました。
 人間でも100歳以上の人は増えても、最高年齢は、伸びません。
 私は、昨年、右足が動かなくなったことがあります。20分ぐらいで治りましたが、私は、「このまま動けなくなるのかな。」と恐くなりました。

二つ目は、最後には、自分の力だけでは、遺骨の処理ができません。
1人ではお墓に入ることができません。子供の力がひつようです。 そこで娘に頼ることにしました。
実際は、お金を払って遺骨処理をしてくれるビジネスもありますので、これは大きな理由ではありません。

三つめは、仙台には、孫がいるからです。
私の3人の子供の中で孫を持っているのは、長女だけです。
かわいい孫にいつでも合える距離にいたいと思います。

私たちは、6月には、仙台に引っ越します。

リップルには、zoomで参加します。

I’m moving closer to my granddaughters.

I’m currently preparing for the move. Last October, I decided to move to Sendai. I’ve begun preparing for the end of my life.
There are three reasons why I decided to move to Sendai, where my grandchildren live.

Firstly, I’ve learned that there is a definite lifespan, and I won’t live any longer than that. I realized I probably only have about 10 more years of free movement.
Watching my former boss, who was 15 years my senior, his body gradually weakened. Even seeing a doctor didn’t cure him. No matter how much he exercised or how much he took care of his health, it was useless.
The dog we kept at my workplace was 15 years old. It passed away recently. No matter how good the food we gave it, the dog wouldn’t eat anymore. Even after numerous injections from the vet, it just kept getting weaker.
Even though the number of people over 100 is increasing, the maximum age for human life isn’t rising.
Last year, I experienced paralysis in my right leg. It healed in about 20 minutes, but I was scared, thinking, “Will I become unable to move like this?”

Secondly, in the end, I won’t be able to handle the remains on my own body. I can’t be buried alone. I need my child’s help. So I decided to rely on my daughter.

Thirdly, my grandchildren are in Sendai.
Of my three children, only my eldest daughter has grandchildren.
I want to be close enough to see my adorable grandchildren anytime.

We are moving to Sendai in June.
I will participate in Ripple via Zoom.

2つの時代を生きた

私は2つの時代を生きました。

明治維新を起こした偉人達は、江戸時代と明治時代を生きました。
偉人の一人の勝海舟は、「私は、2つの時代を生きた。」と言いました。

江戸時代の封建的な社会から、平等な社会にかわりました。
刀は捨てられ、髪型は、西洋風になりました。食べ物や服装も変わりました。

私は、明治維新を生き延びた人たちは、大きな変化を体験し大変だっただろうと思っていました。

しかし、今、私は、2つ以上の時代を生きてきた、と思います。
明治時代の変化より大きな変化を経験してきた、と思います。

というのは、私の子供の頃の時代感覚と現在の時代感覚はまるっきり違うからです。

私の子供の頃は、男尊女卑が当たり前でした。男は、男らしさが求められました。
女は、25歳くらいまでに結婚するものだと言われていました。おかげで、私は結婚できました。
今では、男女が平等な社会になりました。それでますます結婚することが難しくなりました。
銀行は、お金を預ける所でした。今の銀行は、証券業や不動産業まで何でもやります。
お店は、たくさんの変化を経て、モール形式のショッピングセンターが中心になりました。
先週は、アメリカがイランの指導者を空爆し、殺害しました。私は、余りに簡単に戦争が起きるのを見て驚きました。

私は、2つ以上の時代を生きました。

運動習慣の勧め

私は、皆さんに、毎日運動をする習慣を持ってほしいと思います。

どうしてこんなことを言うのでしょうか。

それは、自分の体で持って証明できたからです。

私は、74歳です。

同年代では、運動能力があります。同年代の中では、元気な方です。

もちろん、動けない人や死んでしまった者もいます。

どうして私が他の人より元気なのかを考えてみました。

そうしたら、私と彼らの違いは、運動を続けたかどうかにあると思いました。

世間では、運動をしたら良いと言われています。

運動は、生活習慣病の予防や筋力やからだ機能の維持に役立つと言われています。

その通りです。

私は、毎朝のラジオ体操を続けています。毎朝剣道の素振りをしています。

テニスを週に2回しています。週に2回は30分のジョギングをしています。

その結果が元気な私です。具体的な一例です。

他の実例もあります。

卓球をしている石川さんを見てください。

ラジオ体操をしている波多野さんを見てください。

運動を続けている人が、証明しています。

だから、私は、皆さんに、毎日運動をする習慣をつけてほしいと思います。

仏教の真髄

「自分とかないから」
今日はこの本を勧めます。

あなたは、仏教や禅などの教義を生活に役立てているでしょうか。

私は、良く理解できませんでした。
また、当然生活に役立てることもできませんでした。

あなたは、この本を読めば、簡単に理解できるでしょう。
また、日常生活に役立てることもできるでしょう。
もしあなたが仏教の教義の真髄を知りたいと思ったならこの本を読んでください。
この本は非常に、分かりやすい本です。

どうして分かりやすい本になっているのでしょうか。

それは、著者が、自分で実践し自分の言葉で書いているからです。
著者は、東京大学を卒業した、引きこもりの青年です。彼は、引きこもりから立ち直るために、たくさんの哲学書を読んでいます。
それで、彼は、東洋哲学を学んで立ち直った ということです。
彼が、日常生活において 応用した事例も入っているので本当に分かりやすいのです。

例えばブッダの 教えの根本は、「無我」であると言っています。
彼の言葉の意味は、「私はない。」ということです。
だから、「自分とかないから」という本の題名になっています。
自分がないのに、自分探しをしても無駄だということです。

彼は、西洋哲学では救われませんでした。
西洋哲学は、個人の虚無感をなくすため役立つものがないので、読まなかったそうです。

今日はこの本「自分とかないから」を勧めます。

元首相の菅さん立派な働き

政治家は立派な仕事をしている。

私は、この頃になって戦争時の歴史を学んで、日本の政治家は立派な決断をする人々だと思っていました。

それで古本屋でたまたま見つけたこの本を読むことにしました。
この本は、元首相の菅さんが書いたものです。
内容は、彼が政治家としてやってきた成果を書いているものです。

私は、本を読む前は、このような一般的な情報しか、彼について知りませんでした。
菅氏は、秋田県出身の田舎者のような風貌の人である。東京に出てきてから、26歳の時に「人生を政治にかける」と決めて、ずっと政治家をしている。最初は、市議会議員になりその後、国会議員になっている。
その後、彼は、暗殺された安倍元首相の官房長官を7年半も務めています。その後、暫定的な首相になっています。

しかし、私は、彼が何をしたのか全く知りませんでした。
彼は、自分のアイデアを政府内での障害を乗り越え、法制化にしていった過程を誇らしげに語っています。

彼が関わって法律にした内容については、以下のようなものです。
1.ふるさと納税制度の創設
2.携帯電話の通信料を安くする働きかけ
3、NHK の受信料を安くする法律の制定
4、北朝鮮の船の寄港を制限する法律制定

私は、この本で政治家の彼が何をしたのか知りました。
そして、菅さんはやりがいのある立派な仕事をしてきたな、と思いました。

私は、菅さんにはもっともっと政治家としてがんばってほしいと思いました。

左の人々が減ってきて良かった

純粋な心を持った絶対平和主義者が少なくなった。

世の中には、理屈で説明しても、軍事力が必要だとは認めない平和主義者がいます。
この人たちのクレームには、非常に嫌な思いをします。しかし、立ち向かえません。

先日 このようなことがありました。
正月明けに富勢東という小学校で、5、6年生に出前講座を行いました。

内容は、「一度は海外に行ってみてください。何かを発見する体験になるから。」
という内容です。
私は、剣道以外のこんなことを付け加えてしまいました。

私は、「日本は、そんなにいい国だと思ってなかった。
日本は、アジアの国で戦争の時、迷惑をかけたことがあるから、最高に良い国とは思っていませんでした。もちろん、外国に行った人から日本は尊敬されていると聞いてはいました。
 ところが マレーシアで、ある中年の男の人が「私は日本を尊敬する。それは負けると分かっていても戦ったからだ。」と聞きました。
 こんなことを初めて聞き、私の見方が少し変わりました。

その後、私の話を聞いた児童の父兄から、JICA東京に レームが入ったそうです。
「学校は、中国をバカにしたり、戦争を賛美する教育をするのか。もっと中立的な立場からの教育をするべきではないか。」

JICA東京の渋谷科長は、「千葉JICA の方のことですから、私は、知りません。しかし、お怒りの内容は、その通りだと思いますので、彼らに良く言っておきます。」と答えて、なんとか 穏便に済ませたということです。

私は、後からそのクレームを聞きました。
それで、「その父兄に説明させて下さい。」と頼みましたが、小学校の先生も千葉JICAの仲間も、だれも賛成しませんでした。
だれもがそれは無駄だと判断したんだろうと思います。

 しかしながら、次の世代は良いという兆候があり、安心しています。
この間のこないだの選挙で、高市さんが「日本を守る意志がないとないところでは誰も助けに来てくれません。」と言われました。
論理的に考えれば、当たり前だなと思いますけれども、そういう人たちにとっては「戦争に行く道を開く」という風に思っているようです。
選挙結果は、絶対平和主義者が少なくなったことを表しています。本当に良かったな と思います

There are fewer absolute pacifists now.

There are pacifists in the world who refuse to accept the need for military force, no matter how logically they are explained.

I find their complaints extremely annoying. But I can’t help but stand up to them.

The other day, something like this happened.

After the New Year, I gave a lecture to fifth and sixth graders at Tomisehigashi Elementary School.

The message I gave was, “Try going abroad at least once. It’ll be an experience that will lead to new discoveries.”

I ended up adding something other than kendo:

I thought Japan was such a great country.

I didn’t think Japan was the best country because Japan caused trouble in Asia during the war. Of course, I had heard from people who had traveled abroad that Japan was respected.

However, in Malaysia, I heard a middle-aged man say, “I respect Japan. That’s because they fought even though they knew they would lose.”

It was the first time I’d heard something like this, and it changed my perspective a little.

After hearing my story, a parent of one of the children reportedly contacted JICA Tokyo with a complaint.

“Is the school teaching something that mocks China and glorifies war? Shouldn’t they be educating their children from a more neutral standpoint?”

Shibuya, the section chief at JICA Tokyo, responded, “Since this is a matter for JICA Chiba, I don’t know anything about it. However, I understand that you are right to be angry, and I will explain it to them,” and somehow managed to settle the matter amicably.

I heard the complaint later.

I asked the parents to let me explain, but neither the elementary school teacher nor my colleagues at JICA Chiba agreed.

I think everyone decided that it was a waste of time.

However, there are signs that the next generation is doing well, and I feel relieved.

During the recent election, Takaichi said, “If there is no will to protect Japan, no one will come to help.”
If you think about it logically, it seems like a natural thing to do, but for these people, it seems like they’re thinking, “This opens the way to war.”
The election results show that there are fewer absolute pacifists. I think that’s really good.

日本社会は貧困率が2位?

日本は、先進国の中で貧困率が、第二位です。

私は、この本を少し読みました。
📷添付photo(#1152713)
著者は、日本の構造改革を進めた経済学者です。
彼は、自分の行動が間違っていたと反省しています。それでこの本を書いています。

日本が再生するためにはどうしたらいいのかという提言をしています。

私はこの本は難しいのでまだ半分しか読んでいません。
その中で、日本の貧困率は、先進国の中で第2位であるとして知り、驚きました。
📷添付photo(#1152714)
私は、日本の子供の7人に一人は 貧困で食事もできないと聞いていましたが、そんなに悪い状態とは思っていませんでした。
ヨーロッパ諸国より悪い状態とは驚きました。私たちの通常の常識からは考えられないと思いました。

ここでの貧困率とは、平均年収の半分以下である人の人口比率です。
具体的には、年収 127万円以下の人が14.9%もいるということです。

最近の統計では、日本は、先進国の中で貧困率が第1位となっています。
そんな馬鹿な!という気持ちです。

多文化共生は、まやかし。

私は、移民を希望する外国人に、日本の文化を受け入れて、最終的には日本人になってください、とお願いするべきだと思います。

先月の23日に千葉県の「国際理解セミナー」を聞きに行きました。
講演の題は「パプアニューギニアから考える多文化共生社会」でした。
講師は、パプアニューギニア人の大学の先生でした。

 パプアニューギニアには、言語は約800あるそうです。それだけの数の文化があるということです。
 その国で大切なものは、3つです。豚と女性と土地です。
 土地があればバナナとヤシの木があります。この二つがあれば、彼らは、生きていくことができ、他の部族とも交流する必要がない、そうです。バナナがあれば食料になります。ヤシの木は、住居の材料になります。この二つのすべての部分は、生活に使えるそうです。

 ところが彼は、多文化共生社会のメリットは何も話してくれませんでした。多分話すほどの価値がないと思ったのだと思います。

 最近、マスコミの中で、多文化共生について報道されることが多くなりました。学校教育の中でも、多文化共生について教育されています。

 昨年7月、岸田文雄首相は人口減少を踏まえて「外国人と共生する社会を考えていかなければならない」と語りました。

 一般的には、メリットとしてイノベーションの促進を図れると言われています。例えばアメリカのように世界の頭脳を集め、新しいビジネスモデルを生み出しています。

 しかし、デメリットとして文化的摩擦や不平等が発生します。

 それでも日本の労働人口を維持するためには、移民を受け入れ多文化共生社会を構築しなければならないという事だと思います。

 かつてローマ帝国が新しい国を占領した時の条件は、最低限のローマの慣習を守ることでした。それ以外は、かれらの宗教も認めました。

私は、ローマのやり方をとるべきだと思います。
日本は、「多文化共生社会は、目指しません。移民を希望する外国人は、日本文化を受け入れて、最終的には、日本人になってください。そうしたら、日本は、移民を受け入れます。」と明示するべきだと思う。

多文化共生社会は、まやかしだと思います。

インターネット上の店舗

インターネット上に店舗を開くことが非常に簡単になった。

あるお客さんから、私は、次のようなことを頼まれました。

Googleの検索をした時に私のビジネスが出てくるようにしてほしい。
私は、作曲依頼人という事で仕事がしたいのです。

これが、お客さんのGoogle Mapに現れたビジネスの場所です。

お客さんは、作曲家です。
彼は、60歳までは、会社員をしてたそうです。
その後、うどん屋をして繁盛したのですが、拡大しすぎて忙しくなり、身体をこわしたのを機に会社をたたんだそうです。
会社員時代から、バンドを組んで音楽をしていたそうです。
最後に趣味としていた音楽で少し仕事をしてみたくなったそうです。

私にプリンターの修理を頼んだ時、Google Mapで私の場所を見つけたそうです。
これは、お客さんに見つけてもらうのに便利だと思ったそうです。

そこで、Google Mapにお客さんのウェブサイトを登録しました。

次にこの場所にウェブサイトのURLを貼り付けます。

これが彼のホームページです。

最近は、商品を売ることに特化したホームページをランディングページと呼ぶようになりました。

この作成は、従来は、右側のようなプログラミングが必要でした。

しかし、最近は簡単に作れるようになりました。
無料でランディングページを作成できるところが沢山あって、作成が非常に簡単になりました。
フォーマットがあってそれに文章や写真を入れて行くだけです。
文章には、AIの助けも借りることができます。

きょうは、インターネット上に店舗を開くことが非常に簡単になったという話でした。